産婦人科の急変

産婦人科の急変

まだ、産婦人科で働き始めて2年目になったばかりの頃でした。
お産後である褥婦さんと赤ちゃんを担当するチームに所属していた私は、その日も日勤で6名の褥婦さんと赤ちゃんを担当していました。基本は皆さん無事に出産を終え、産後の経過も良好な方で、ケアの中心は育児の取得と授乳手技などでした。

ただ、お一人だけ担当患者様の中に、多胎出産をされた方がいらっしゃいました。この方は近年では珍しい三つ子の多胎妊娠であったので、妊娠中から長期にわたり入院管理されていた方で、産後母体への負荷がかなりのものになるために分娩とともに母体の状態が急変するかもしれない、合併症に注意しなくてはいけないと、プロジェクトチームを作って担当していた方でした。分娩は無事に終わり、産後の状態も、スタッフ皆の予想を良い意味で裏切っての安定した産後を送られていたので、まだ2年目という新人に近い私が産後2日目のこの患者様を担当することになりました。

朝の挨拶と共に、担当患者様の中で一番に検温、全身状態の観察をさせていただいた時は、全く異常もなく産後の経過も良好に経過していると判断してよい状態だったので、そのまま他の患者様の検温や授乳の介助ケアにあたっていました。昼食も完食され、同室の患者様とも談笑されている様子も訪室すると見られていて、異常な所見は全くといっていいほど私の目からはみられませんでした。担当医師も午前中に訪室しており、同じように経過が良好な様子を見て大丈夫そうだねと判断していました。

しかし、その時は急に訪れました。その方と同じ病室の隣のベッドである、担当患者様の授乳介助をしていた時です。カーテン越しに「う、う、ひっ…」と小さくですが呼吸を苦しそうにしている声が聞こえたのです。あまりにも小さい声でしたし、授乳介助中で赤ちゃんが大泣きしていたこともあって、一瞬空耳かな?とも思ったのですが、隣の多胎出産後の患者様が気になり、一度授乳介助を中断し退出させてもらうことを伝えて、お隣の患者様に声をかけるも反応無し。カーテンを開けてみると、そこには容態が急変し、顔面蒼白で呼吸を苦しそうに、苦痛の表情で胸を押さえている多胎出産後の患者様の姿がありました。

私の頭は一瞬で真っ白、なんで?どうして?とパニックでした。でもパニックながらにベッドサイドのナースコールを押し、自分の院内PHSを鳴らし

「急変です!人を集めて下さい!」

と叫んでいました。

ナースコールでもPHSでもなく、私の焦った声の大きさに廊下にいた先輩スタッフにも声が届き、すぐに部屋にきてくれました。そこから1分も立たないうちに大勢の医師と先輩スタッフ、病棟師長までが救急カートや蘇生セットとともに駆けつけてくれて、あっという間に患者様のベッド周囲はスタッフで囲まれて、新人の私からは何が行われているのかすらはっきり見えないくらいになりました。

あれこれ医師と先輩スタッフ達の間で、薬品や蘇生器具の名前が飛び交う中、何かしなくては、何か自分にできることをしなくてはと思っていても頭が働かず、せめて今行われている処置の記録を取らなくてはと、やっとの思いで動こうとするものの手が震えてペンも上手く持てず、結局迅速に先輩スタッフが記録も取ってくれていて、私はただの立ち尽くすだけの傍観者でした。

その患者様は蘇生が行われ、一命を取り留め、そのまま救命病棟へ移動になりました。患者様が無事だったことは本当に良かったことです。でも私はあの時恐くてパニックで何もできなかった、そのことが不甲斐なくもあり苦しくて、勤務終了後に涙が溢れました。それを見ていた先輩スタッフからは「私たちは新人のあなたにそれほど高度なことは求めていない。急変時に一番最初にしなくてはいけない人を集めることをあなたはできた。だからあの患者様は助かった。自分を信じなさい。これを活かして次は記録くらいとれるようになったらもっと立派だけどね。」と言われました。10年経ってもその言葉は忘れません。

もちろん、急変時に速やかに対応し、処置の補助ができることが一番ですが、患者様のために今の自分にできる最善の対応をする、自分一人ではなく急変時は人手を集めて皆で協力して対応することの大切さを身にしみた出来事でした。

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